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大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)2780号 判決

申請人 城後欣哉

被申請人 樽芳運輸株式会社

主文

被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取扱い、且つ、申請人に対し、昭和三十一年十二月三日以降毎月末限り一ケ月金一万九千三百九十四円の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人の主張

申請人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一、被申請人(以下単に会社という)は、肩書地において従業員十二名を雇傭し三輪車八台を有して一般小口貨物運送業を営む株式会社であり、申請人は昭和三十年九月十二日入社し以来会計事務を担当してきたもので同社従業員九名を以て組織する総評大阪自動車運輸労働組合樽芳運輸支部(以下単に組合という)の組合員であつたところ、会社は申請人に対し、昭和三十一年十一月二日附解雇通知書をもつて、申請人を業務上不適当と認め、同年十二月二日限り解雇する旨の意思表示をなした。

二、しかしながら、申請人に対する右解雇は、次に述べる諸理由により無効である。

(一)  本件解雇は申請人の正当な組合活動に基因するものであるから、不当労働行為として無効のものである。

(1) 組合は昭和三十一年三月会社の賃下げ反対を契機として申請人等を中心に結成され、申請人は初代組合長に選出され、申請人を中心とする組合の団結力は、同月二十八日会社の賃下げを阻止し、賃金及び労働条件に関する協定(以下単に協定という)を獲得し、その後同年六月初旬からの夏季手当要求闘争に際しても、申請人は組合長として組合の中心的活動をなした。

(2) 同年十月二十二日秋季定期昇給に関する団体交渉の席上において、会社側は申請人に対し、賃金規則によれば、扶養家族手当は六十才以上の直系尊属に支給することになつているのに、申請人が配偶者の父河村秋太郎・母河村アサヱ(以下右両名を単に直系姻族という)について扶養家族手当を受給しているのは疑義がある旨述べた。これに対し、組合は、前記協定によつて扶養家族は尊属姻族に拘わらず家族手当が支給されることが認められ就業規則に附随する賃金規則はその限度で改訂されていること、昭和三十年末申請人が就業規則の詳細を知らず、一般の例に従い、六十才以上の扶養家族に対し家族手当を受けられるものと信じ申請人が本件直系姻族を扶養することを証する居住地区長の証明書を添付して会社に対し家族手当の支給を申請し、会社も申請人が直系姻族を扶養するものであることを承知しながら約十ケ月に亘りその家族手当を支給してきたこと、並に慣行を根拠に、会社が右家族手当の支給を停止するのは、家族手当の支給範囲の縮少という労働条件の一方的引下げであるし、このような問題を持出す会社の態度は申請人にその組合活動を理由に不利益な取扱をするもので不当労働行為であるとして、これに反対し、組合幹部である申請人もこれに同調して抗議した。

(3) 同年十月三十一日の給料日に会社は申請人に、従来支給していた直系姻族に対する扶養家族手当を一方的に差引いて申請人に給料の支払をなしたので、組合と申請人が叙上のような理由から再び抗議した。

(4) このようにみてくると、会社は、申請人が家族手当を不当に受領しておきながら、そのことが判明して反省することなく、逆に文句を云う態度に出たものであるから、業務上不適当として前記解雇通知を発したと称するのであるが、家族手当の支給範囲という労働条件に関して労使間に見解の相違があつて、会社側が一方的に引下げようとする場合、組合や組合幹部の申請人がこれについて交渉し抗議することは、寧ろ当然のことで、そのこと自体正当な組合活動である。従つて、本件解雇は、申請人の平素の組合活動並に右抗議による組合活動を理由とするものであるから、不当労働行為として無効である。

(二)  本件解雇は申請人に就業規則第三十八条第三号の「業務上不適当と認めたとき」に該るような解雇理由がないから、無効である。

叙上のとおり申請人は配偶者の両親について家族手当の支給を申請し、会社も了承の上これを支給していたもので、申請人が詐取したものでもなく、その後労働条件の一部である家族手当について労使間に見解の相違が生じた結果、申請人が直系姻族について会社の一方的な家族手当の支給廃止に抗議したのは、何等不都合なことではなく、このことをもつて申請人が業務上の適格性を欠くものとはいえない。右抗議に際して、申請人が直系姻族も直系尊属であると主張したと会社側がいうのは、全く心外な会社のいいがかりであり、申請人は直系姻族も扶養家族である場合には家族手当の受給資格をもつとの主張をなしたものである。なお家族手当不当受領の点について、賃金規則第二十四条は、「虚偽の届出をなし、又は正当な届出をしないことにより、不当に家族手当の支給を受けた場合は、既に受けた不当な家族手当を返還させる」と規定し、虚偽申請の場合でも、その返還措置だけを定め、解雇の点は考慮に入れていないと解される。従つて、申請人には業務不適格に因る解雇理由は存しない。

(三)  仮りにそうでないとしても、前記のような事情・経過に鑑みるとき、本件解雇は解雇権の乱用であつて無効である。

三、以上のとおり、本件解雇は無効であるから、申請人は依然として会社の従業員たる地位を有し、昭和三十一年十一月当時の平均賃金は一ケ月金一万九千三百九十四円であるが、申請人は労働の対価である賃金を唯一の収入とするものであり、本案判決による救済を受けるまでの間生活上の危機を忍受できない実情にあり、且つ組合活動の面でも償い難い事情にあるので、仮処分による緊急救済を求めるため、本申請に及ぶ次第である。

第二、被申請人の主張

被申請人は申請人の申請を却下する旨の判決を求め、次のとおり主張した。

一、申請人主張の一、記載の事実並に同三、記載の事実中、昭和三十一年十一月当時の平均賃金月額が申請人主張のとおりであることは、認める。

二、会社は、従来からも申請人の組合活動に干渉がましい言動に出たこともなく、本件解雇についても、申請人の組合活動を弾圧する意図でなしたものでは、全然ない。会社の就業規則は常時これを事務室の机上においているから、申請人が就業規則の不知をいうのは、当らない。会社が昭和三十一年二月から申請人の妻の両親について扶養家族手当を支給していたのは、会社の不注意に基くものであつて、同年十月頃この誤りに気付いたのである。申請人主張の三月二十八日附協定により扶養家族の範囲が改訂されたという、申請人の主張事実は否認する。

三、本件解雇は申請人が直系姻族につき不当に家族手当を受領していたからなしたというだけではない。

申請人は日本大学経済学部を昭和十七年九月に卒業しているので、その学歴を重んじ入社以来経理庶務の事務を担当させ会社としてはその将来を期待していたところ、昭和三十一年十月二十二日の定期昇給に関する団体交渉の終了後、会社が申請人に対し、申請人が配偶者の両親につき扶養家族手当を受給しているのは、疑義があると述べたのに対し、申請人は、妻の両親も直系尊属であると主張してやまず、議論の末その結論を後日にゆずることになつた。その後会社はその主張に誤りないことを確めたので、同月三十一日申請人の配偶者の両親に対する家族手当を差引いて申請人に給料の支払をしようとしたところ、再び申請人は、妻の両親は直系尊属に相違ない、妻の両親を親と呼ばぬか等と強く主張して反省の色もなかつた。そこで会社としては、申請人が最高の学を修めていながら、このように非常識頑迷な態度に出て少しも反省しないことに痛く信頼を裏切られたので、会社の将来を慮り、やむなく業務上不適当と認めて申請人を解雇したものであつて、本件解雇はもとより有効である。

第三、疏明関係〈省略〉

理由

一、解雇に至る経緯

会社は肩書地において従業員十二名を雇傭し三輪車八台を有して一般小口貨物運送業を営む株式会社であり、申請人は昭和三十年九月十二日被申請会社に入社し以来会計事務を担当してきたものであり且つ、申請人主張の組合の組合員であるところ、会社は申請人に対し昭和三十一年十一月二日附解雇通知書をもつて、申請人を業務上不適当と認めるということを理由として、翌十二月二日限り解雇する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、まず申請人を解雇するに至つた経緯について考えてみるのに、成立に争いのない甲第一号証、同第三(原本の存在も争いがない)、第四号証、乙第二号証、同第五号証、証人広田芳宏(一部)同益井淳一の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すると、次のように認められる。

会社が昭和三十一年二月末ごろ従業員の給与を従来の固定給制から歩合給に改定しようとしたところ、従業員側では、かかる改定案は基本給が少い関係から残業手当の減少を来し実質的賃下げとなるとしてこれに反対し、これを契機として同年三月初めごろ組合を結成した上、会社側に対し給与改善並に労働基準法どおりの残業手当を要求し、同月二十七日の一日ストを経て同月二十八日労使間に賃金その他の労働条件の改訂に関する協定が成立し、会社の改定案は阻止された。その後同年四月末ごろには、右協定中「就業時間は九時から六時迄とする(但しサービス時間として前後三十分とする)」のサービス時間の解釈に関して労使間に争いを生じ、結局就業時間については、就業規則どおり実施することになつた。組合は更に同年六月中ろ夏季手当として一万五千円を要求し、同月末ごろに六千五百円で妥結した。会社の常務取締役広田芳宏(社長の長男)は、組合がこれら経済的要求の外、事あれば就業規則、労基法の遵守励行を要求するのに対抗して、果して従業員側でも就業規則を守つているかどうか、を内々調査していたところ、会社の就業規則に附随する賃金規則によれば、扶養家族手当の受給資格を「一、配偶者、二、満六十才以上の直系尊属、三、満十八才未満の弟妹」と定められているに拘らず、申請人が妻の両親についても扶養家族手当の受給届出をなし、会社の認定のもとに昭和三十一年二月分からその家族手当を受給している事実が同年十月になつて判つた。

そこで同月二十二日の秋季定期昇給に関する団体交渉の際、右広田常務が申請人に対し、直系尊属でない妻の両親について家族手当を受取つているのは不当である」と指摘したところ、申請人は「妻の両親も直系尊属に相異ない」等と抗議し、組合側もこれに同調し、議論の揚句、右常務が「もう一度はつきり調べたうえでどうするかを決める」と答えてこの点の解決を後日に持越した。

その後会社は、申請人の妻の両親が申請人の直系尊属でないことを確めて同月三十一日の給料支払日に申請人の妻の両親に対する家族手当を差引いて申請人に給料を支払つたので、申請人は直ちに社長に差引かれた理由を問いただし、社長が、直系尊属でないから家族手当を出せないと二言三言押問答しているところえ、右広田常務が横合いから議論の渦中に入り、申請人がなおも執拗に「妻の両親を親と呼ばないか」等と応酬するので、広田常務が昂奮した面持で「文句いうなら経理など任しておけない、明日から出てくるな」「やめて仕舞え」と語気荒く言い放つ一駒もあつて、そのため当日は口論沙汰に終つた。

翌日上部団体の役員が申請人を伴い会社に赴き「やめさせるようなことをするな」と申入れたが社長は「お前のような非常識な人間はやめて仕舞え」といつて取合わず、翌十一月二日申請人に対し前記解雇通告をなすに至つたものである。

二、解雇の効力

(一)  不当労働行為の主張について

申請人は、会社が申請人の妻の両親に対する家族手当の支給を廃止することは、家族手当の支給範囲に関する労働条件を一方的に引下げることを意味するものであつて、これに関して労使間に見解の相異がある場合、申請人が組合幹部として会社に抗議することは、それ自体正当な組合活動である、従つて、本件解雇は、申請人のかかる正当な組合活動並に平素の活溌な組合活動を理由としてなされたものである、と主張する。

そこで、右家族手当問題の意義、性格について検討してみると、

(イ)  申請人の妻の両親に対する家族手当の問題が、秋季定期昇給に関する十月二十二日の団体交渉の際、広田常務から指摘されたものであることは、叙上のとおりであるけれども、証人益井淳一並に同広田芳宏の各証言によれば、この家族手当の問題は、右団体交渉のテーマとして、労使間に正式に取上げられたものではない。(この点に関する申請人の供述部分は右各証言と対比して信用しない)。

(ロ)  成立に争いのない甲第一、第四号証、乙第二、第五号証と証人広田芳宏の証言によれば、家族手当に関して、賃金その他の労働条件に関する三月二十八日附協定が従来の賃金規則を改訂した部分は、従来の賃金規則では、欠勤日数五日以上の場合には、会社が認めるもの以外は家族手当を支給しないことになつていたのを、同協定の家族手当の項の但書において「病気及び公傷の場合には支給する」と改めた点に主眼があり、その本文に「妻五〇〇円、他三〇〇円合計五人迄」とある「他」が、従来の賃金規則で扶養家族の範囲を配偶者の外、満六十才以上の直系尊属、満十八才未満の弟妹と定めているよりも、より以上に拡張して直系姻族までも包含させる趣旨でないことが認められる。このことは、右協定につき当時組合長として会社と団体交渉の衝に当つた申請人自身が、かかる範囲拡張を意識して「他」と表現したものでないことを供述していることに徴して、極めて明かである。申請人は、組合が、右協定により、扶養家族は尊属、姻族に拘らず、家族手当が支給されることに拡張され、その限りにおいて、従来の賃金規則が改訂されたことを、一つの根拠として、右団体交渉の席上広田常務の前記発言に抗議したと主張するけれども、これを認めるなんらの証拠もなく、かかる改訂自体の存しないこと、すでに述べたとおりである。従つて、申請人の家族手当の問題に関連して、右団体交渉の際、右協定自体の解釈が労使間に論議されたわけではない。

(ハ)  就業規則に明規されていなくても、従業員は妻の両親と同居しこれを扶養している限り、かかる直系姻族についても家族手当を支給される、という一般の慣行があるわけではない。

(ニ)  申請人が賃金規則に定められていない直系姻族について、家族手当の受給届出を行い、会社の認定の下に過去八ケ月に亘つてこれを受給していたことは、申請人のみに関する事柄であつて、従業員一般の問題ではない。

これらの事情並に申請人本人の供述(前記信用しない点を除く)から考えてゆくと、申請人の前記家族手当の問題は、あくまで申請人個人の問題であつて、組合の問題ではなく、広田常務が団体交渉の席を借りてかかる問題に言及したのは、秋季定期昇給という名目による組合の賃上げ要求に対して、会社側としても、取るべきものは少しでも取ろうとする苦肉の策であるとみるのが相当であり、組合側がこれに反対したのは、従来会社が、妻の両親と同居する申請人に対し、過去八ケ月間に亘つて何事もなく家族手当を支給して来た事実を根拠として、申請人の個人的立場を支援したに過ぎず、申請人自身の反対も、個人的立場以上に出ないとみるのが相当である。十月三十一日の給料当日における申請人の前記抗議も、その個人的立場からの発言とみるのが相当である。

従つて、前記家族手当問題に関する申請人の抗議を組合幹部としてなした組合活動というのは、当らない。

更に、申請人が組合結成以来昭和三十一年七月ごろまで初代組合長として、その後は組合執行委員兼会計として叙上説示の組合活動を活溌に推進していた者であることは、証人益井淳一の証言、申請人本人の供述に照らして認められるし、申請人の前記家族手当受給の事実が発覚したきつかけが、広田常務において、組合の相次ぐ経済的要求や就業規則等の遵守要求に対抗する気持から、従業員側の就業規則違反の有無を調査したことによるものであることは、すでに説示したとおりである。従つて、会社側には、組合の活動を厄介視する意識が潜在的に働いていたことは、想像に難くない。しかし乍ら、従来会社側において、組合活動を弾圧したような形跡は、証拠上殆んど認められないし、又いかに組合に対抗する気持からにせよ、従業員側に就業規則違反の事実があるかどうかを調査することは、会社側の業務運営上許容される行為といわなければならないから、右調査行為並に調査結果の指摘自体を直ちに組合弾圧とか不利益扱いということもできない。

以上の諸事情に加えて前示解雇の経緯並に証人広田芳宏の証言を合せ考えると、本件解雇は、申請人が組合の中心的人物として活溌に組合活動を展開して来たことを理由に、申請人を企業外に追いやつて組合の団結力の弱化をねらつてなされたというよりは、妻の両親に対する家族手当支給の是非をめぐつて、会社と申請人との間に感情的対立を生じ、それが嵩じて解雇にまで発展したものと認めるのが相当である。従つて、本件解雇を不当労働行為とする申請人の主張は、容れることができない。

(二)  業務上の不適格による解雇理由の当否

会社は、申請人が妻の両親につき不当に家族手当を受給していたばかりでなく、その不当受給を指摘されるや、「妻の両親も直系尊属に相違ない」、「妻の親を親と呼ばぬか」等と抗争して、妻の両親も家族手当の受給対象となることを執拗に主張して少しも反省の色がなく、その非常識、頑迷な申請人の態度に業務上の不適格を認めて解雇したもので、本件解雇は就業規則に照し有効である、と主張する。

就業規則第三十八条第三号は社員につき「業務上不適当と認めたとき」を解雇基準の一つとして掲げているのであるが、もとよりこの条項の運用に当つては、使用者の一方的立場から主観的に認定して足るのでなく、そのことを理由として当該労働者が解雇されるのが相当であると社会一般人をして首肯させる程度の客観的評価がなされるとき、初めて有効に解雇ができるものと解するのが相当である。蓋し雇傭契約は継続的信頼関係を基礎とし、殊に労働者はこれに立脚して生活しているのであるから、労働者が使用者の客観性のない一方的評価に左右され解雇に価いする程の事由なくして容易にその地位を奪われるものとするならば、労働者の生活の安定は全然期しえられないからである。かかる見地に立つて右解雇理由の当否を検討してみよう。

申請人本人の供述によれば、申請人は商売に失敗して昭和三十年末ごろから妻の両親方に同居して世帯を共にしていたのであるが、当時妻の妹から、同居しておれば家族手当が貰えるのではないかときいて、叙上のように申請人が直系姻族である妻の両親を扶養する旨の居住地区長の証明書を添えて会社に対し、妻の両親について家族手当の支給申請をなしたものであることが認められる。しかし、同居中の直系姻族である妻の両親につき、家族手当を受給しうる一般慣行があるわけではないし、会社の賃金規則によれば、直系姻族である妻の両親は、扶養家族ではなく、前記三月二十八日の協定も、賃金規則のこの点を改訂したものでないことは、叙上説示のとおりであり、申請人の右支給申請の際、会社が申請人に対して賃金規則所定の範囲を超えて家族手当を支給するという特別の合意も認められない。又会社の就業規則やこれに附随する賃金規則は、会社の事務所の机上におかれていて、申請人のような事務担当の従業員には閲覧し易い状態にあつたことは、証人益井淳一の証言に照して認められる。

そうすると、右支給申請当時、申請人が意識的に悪意をもつていなかつたにしても、右支給申請をすること自体が、賃金規則に対する理解を欠くものとして、申請人に落度のあつたことは、否定できないし、それと同時に、右受給届出に対して、会社の認定のもとに、家族手当を支給していたのは、会社側の不注意も与つているといわなければならない。こうした半面、申請人にしてみれば、会社側で申請人の右受給届を検討してその認定のもとに、昭和三十一年二月から同年九月まで八ケ月に亘つて何事もなく家族手当を支給されていた事実から推して、直系姻族である妻の両親でも、これと同居し生計を共にしている限り、会社から家族手当が支給される、と思い込むようになるのも、あながち根拠のないことではない。しかも、申請人の右家族手当受給の事実が賃金規則に触れるにしても、そのことは、申請人の個人的問題として処理されるべき事柄であつて、これに対する会社の取扱の如何によつては、申請人個人の名誉信用を傷けないものとも限らない。

従つて、会社が、申請人の右家族手当受給を賃金規則に触れるとして、今後その取扱を是正しようとするならば、申請人との個人的話し合いの場において、従来の右家族手当支給の取扱が会社側の落度にも基因する事情を説明してその諒解に努めるのが、相当である。

しかるに、広田常務は、申請人の右家族手当受給の事実を発見するや、叙上のとおり、十月二十二日の秋季定期昇給に関する団体交渉の際、組合側の人達の並いる前で出し抜けにかかる個人的問題を持出し、申請人が妻の両親について家族手当を受給しているのは、不当であると指摘して、申請人の感情を強く刺戟したことは、組合の要求に対抗する気持がいかに強く働いたからにせよ、軽卒の譏を免れない。のみならず、広田常務は、その際申請人や組合側の人達の反対に遭い、この点に関し更に調査の上、支給すべきものかどうかを決める、と答えているのであるから、その後会社側としてこれを支給すべきでないことを決定したからには、そのことに関して、十月三十一日の給料支給前に申請人に対して、できるだけ意を尽して会社の態度を釈明する方法もあつたわけである。しかるに、事前諒解もなく、申請人の反対が十分に予期せられる状況のもとで、右給料日に会社は、申請人の十月分の給料から妻の両親に対する家族手当を一方的に差引く措置に出たため、申請人の感情を極度に刺戟したことは、想像に難くない。

尤も、右団体交渉の席上で、申請人や組合側の人達が、妻の両親も直系尊属に相違ないといつたり、右給料支給直後に申請人が社長等に対し、妻の両親を親と呼ばないか等といつたことが、会社側の感情を刺戟したことは、否めないし、又申請人としても、大学出であるだけに、右家族手当問題に関して冷静に賃金規則を検討すべきであつた。しかし、それにしても、会社側の前記のような摘発的、高圧的態度が、却て申請人をして硬化させ、一見へりくつと思われるような右の言葉を吐かしめるに至つたとみることもできるのである。

従つて、会社側が申請人のかかる言葉態度によつて感情を刺戟され信頼を裏切られたといつても、会社側の誘発的態度や、自らの落度に頬冠りして申請人の非だけを容赦なく切つてとろうとするやり方にも、自省すべき点が多々あるといわざるをえない。申請人もその非を改めるにやぶさかであつてはならないのと同様に、会社も亦自らを省み、申請人の非のみを責めるに急であつてはならないというべきであろう。

このようにみてくると、申請人が直系姻族である妻の両親について家族手当を受給していたことが、賃金規則に照して不当であるとしても、そのこと自体が直ちに解雇に値いするとは、いいえないことは勿論、かかる家族手当問題に発する叙上のような感情のもつれが本件解雇にまで発展した経緯に徴すれば、その間の双方の応酬中に表われた申請人の言葉尻を捉えて、一方的に申請人の非常識、没常識、頑迷を云云して直ちに業務上不適格の烙印を押すことは、早計といわなければならない。従つて、これら諸般の事情を顧慮すると、申請人を職場から放逐するに値いする程度の業務上の不適格があるとはいえないから、業務上の不適格を理由とする本件解雇は、前記就業規則の解雇基準に達しないものとして、無効といわなければならない。

三、結論

以上のとおり、本件解雇は無効であるから、申請人はなお会社従業員たる地位を保有し、依然会社に対し賃金請求権を有するものである。その賃金の月額は労働基準法所定の平均賃金を一応の目安として算定するのを相当とするところ、その平均月額が金一万九千三百九十四円であることは、当事者に争いのないところであり、また賃金の支払期が毎月末であることは被申請人において明らかに争わないところであるから、申請人は被申請人に対し、本件解雇の翌日である昭和三十一年十二月三日から毎月末限り一ケ月金一万九千三百四十九円の割合による賃金を請求し得るものである。そして申請人は賃金労働者としてその収入途絶により著しく生活が危殆に瀕していることが容易に推察されるので、仮処分によりこれに対する緊急の救済を求める必要性があるものと認められる。よつて申請人の本件仮処分申請はすべて理由があるから、保証を立てしめないで許容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 戸田勝 倉橋良寿)

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